透過・反射・屈折
幼い子供の記憶に残る家にしたいというのが、建主から伝えられた最初の希望だった。
敷地である真新しい山間部の住宅地には、よく見る量産住宅が立ち並んでいるように見えた。だが、周辺を注意深く観察すると、勝手口付近やベランダをポリカーボネート波板などで囲った簡易的なサンルーム状の下屋が付け加えられている事に気づいた。「テラス囲い」と呼ばれるその下屋は、やや冷涼で雨の多いこの地域で冬季の物干し場や倉庫として利用される。その知恵は、真新しいこの住宅地に、一種の様式を生み出しつつあるように思えた。そこで、僕たちはその無名の知性の集合に参加する為に、気候や周辺とのインターフェイスとして働く、さまざまな半屋外空間を住宅内部に織り込むことにした。
その為に家型のボリュームを単純な正方形グリッドとその対角線によって、親密なスケールをもつ空間や気積の大きな吹き抜け空間に切り分け、それぞれに半外部空間を隣接させた。そうやって出来たサンルームは開閉可能な上下2段の大きな吊り戸を開くことで軒下外部空間へと変容し、そのとき二階ベランダは内部化される。45度に振られた壁は隣家と正対せず、なめらかに周辺の庭や道へと視線を導く。敷地の中央に配置した建築の周囲は基礎工事で出た残土を盛り上げることで、平坦にひな壇造成された敷地にほんらいの勾配を取り戻そうとしている。
草花に溢れた庭から光に満ちたサンルーム、半外部空間に挟まれた親密なスケールのダイニング、高い天井と隣接する半外部空間をもつリビング、仄かな光に照らされる和室など、住人は室内外に折り畳まれた壁を越えるたび、空間の大きさや光の質が異なる空間に出会う。境界に差し入れられたガラスは透過と反射を繰り返し、モイス素地仕上げによる壁面は柔らかく光を受け止める。 サンルームの梁に吊るされたブランコに乗って、日々子供は庭と室内を往復し続ける。変わり続ける光と、内部と外部を行き来する暮らしが、この家で成長する子供の記憶に残ることを願った。
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タト