隙間の生成と再利用
僕らのところに舞い込む住宅設計の依頼には、これ以上ないくらい細分化された土地に核家族のための住まいを確保するという条件も多い。そこでは今まで積み重ねられてきた建築の作法といったものが、なかなか適用できないのだけれど、今が新たな作法の形成期なのだろうと考えて試行錯誤を続けている。今回の住宅もそのような条件で、外壁同士が接しないこの程度の密度の都市住宅の場合、民法による500mmの外壁後退によって計1000mmの隙間が隣家との間に形成されることになる。常々その隙間をもっと有効に活用できないかと考えていた。この住宅では北東側の隣地境界線から900mmほど外壁面を後退させることにより、隣家の外壁との間に空いた計1400mmの隙間を通路とし、側面の中央に玄関を用意して住宅内での動線空間を最小化した。それにより北側斜線を避けて約9mの軒高を確保し、構造の入っていない壁は外に押し出して収納等としている。結果として置き家具のように誂えた、室内に現れてくるヴォリューム以上の空間を内包したトイレや収納をつくり出すことが可能になり、空間認識に揺らぎを生じさせている。
建築と家具
建築家が設計した住宅を拝見すると、その造作家具があるメッセージを発していると感じることがある。「この空間を大事にしろ。余計なものは置くな」と要約してしまって良いのだろうか、住人のもち込むさまざまなもの、そのうち建築空間に奉仕しないものは隠して欲しいといわんばかりの欲望だ。僕にそのような欲望がないともいい切れないのだけれど、もっとさまざまな物たちが自由に振る舞える空間をつくれないものだろうか。
この住宅では階段や洗濯機置き場、収納、手摺、トイレなどをすべて置き家具のようにつくってみた。それらを取り除くとほとんど室内には床しか残らない。そうやって建築と家具を交ぜ合わせ、その意味を宙吊りにすることにより、その場にあるすべてのものが、たまたまそのように使われているにすぎないと思えるような自由さをつくり出すことができないかと、試みを続けている。
コレオグラフ(振付譜)のように
住宅、特に小さな住宅では階段の取り扱いが重要になると常々考えている。小さな住宅での一般的な解法は、ワンルームの中心に階段を置き、その左右に機能を振り分けていく解き方だ。たしかにその方法は最大限にスペースを活かしているようではあるが、階段をいつも眺め、自分の住宅の隅から隅までを見渡しながら暮らすのは、本当に豊かなことだろうか。
この住宅のダイニングの天井高は3,776mm。これは3階へとつながる階段の踊り場の(上は当然として)下も動線に入ることから決められている。踊り場を極薄にしてその下が1880mm、上が1850mmと、なかなかタイトな寸法だけれど、少し頭を気にしながらふたつの層の間を潜り抜ける。こういった身体性を伴ったスケールが住宅に現れるのは好ましいことだと思う。だから2階と1階の間の階段の上部にもダイニングテーブルをまたがせて、その下を上手にすり抜けられるように考えた。階段を上り下りする度、テーブルの下から現れ、消えていく身体。
玄関ドアを斜めにスライドさせて身をすべり込ませ、家具の中に身を潜り込ませると食卓の下に飛び出る。眼前には大きな壁がひろがり、南側の高い窓からは陽が射している。小さな踏み台に足をかけると北側の柔らかな光を受ける白い壁の方を眺めることになり、ソファと抽斗のような家具を踏み台に、繊細な階段へ足をかけて3階へ。階段をひとつのぼる度に空間の向きと大きさが変わり、光の状態が変わるのを感じる。この細長く小さな空間を体験するコレオグラフ=振付譜としての階段。
構造
敷地は狭隘な袋小路の奥に位置し、車輌での搬入に制限があった為、100角のH綱による柱梁と丸鋼によるブレース、75mmのデッキプレートによる床という細やかな部材による構造を選択し、結果として鋼材量を減らすことにより木造住宅とほとんど変わらない総工費での建設を可能にした。床面の水平剛性は、デッキプレート上面に敷設した6mmのフラットバーによる水平筋かいと、その水平筋かいの分力に抵抗するデッキプレート谷部に沈めた50mm角のつなぎ梁により確保した。床面が切れる段差部は、両端に柱を通し、レベルの異なる床面同士の連続性を保つ工夫を行っている。
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タト