Tato Architects / Yo Shimada

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池田昌弘と、あふりらんぽ。

事務所を休みにして池田昌弘さんの講演会に。
かなり期待していたのだが自著の内容をなぞるだけのスライドショーで自著のダイジェスト。とても退屈でがっかり。

その後BIG APPLEのあふりらんぽのライブに。こちらはレコーディングされた物より遥かに素敵。呪文っぽかったりノイズっぽかったりもするんだけれども、ネガティブな感じがしないのはいいなあ。こどもの唄みたい。この雰囲気がレコードに焼き付けられたら、いいのだけれど。家に帰ってギューンカセットから出てるアルバムを聞いたら、こっちはやっぱりチョットおどろおどろしく聞こえる。

2005. 5. 28雑感

鼻炎

ここ1ヶ月ほど、くしゃみが止まらず、目も痒いのだが断じて花粉症ではない。
ただの鼻炎だ。目が痒いのはコンタクトが合わないせい。
大手町の住居の前庭外構プランを色々やっていたのだが、予算等の問題で白紙に。
残念だが、設計ってそういう仕事だ。考えたことは蓄積になっている筈。
そういう訳で今は北野町の住居Ⅱに注力。延々とサッシメーカーのカタログをにらんだりメーカーのウェブサイトからデータをダウンロードしたりして検討。
今回は小窓が多いので既製品のサッシも結構使うのだが、モノの在り様としてナカナカ難しい。潔くアルミサッシはアルミサッシらしく使うべきか。ハテサテ。

2005. 5. 27雑感

追悼

北野町の住居1、大手町の住居と、ここ最近の2作を作って下さっていた棟梁が亡くなったとのことで急遽打ち合わせを延期して葬儀に行ってきた。ここのところ体調がすぐれないとのことで、現場でお見掛けしなかったのだが以前からの病が悪化してのことだと言う。ずっとこれからも一緒に建物を作っていけると当然のように思っていたのに、突然のことで本当に、ただただ悲しい。日頃から現場で色々アドバイスをいただいて建物を作っていくようにしていたのだが、決して手を抜く為の(作りやすさからの)アドバイスはしない人で、ほとんど一人で現場に入られて黙々と作業されている姿が印象的だった。現場で作業される人達の真摯な努力や施主さん達の信頼に対して、僕は十分に応えられているだろうか。写真は大手町の住居の最後の工事の日のもの。珍しく仕事が早めに終わったので30分程話していただろうか。最後にお会いした日。たった1ヶ月前のこと。

2005. 5. 17大手町の住居

ピノー美術館中止

安藤さんの、完成すれば最大規模(3万坪!)になるはずだった、パリのピノー美術館が中止になった模様。2003年に兵庫県立美術館の安藤忠雄建築展でファサードの実物モックアップを見て、美しかったので期待していたのだが。セラのビルのように大きい彫刻も見れないのか。この間読んだ本では施工図も全て描き上がったところで着工を待つばかりだった筈。安藤さんなら起死回生で何とかしそうだけどね。

2005. 5. 14雑感

吾妻ひでお「失踪日記」

吾妻ひでお「失踪日記」をやっと読む。
自殺未遂・路上生活・アルコール中毒・強制入院と壮絶な体験が語られている割には自己憐憫が全く無く、淡々と書かれているおかげでスッと読める。取材で浮浪者を体験しているのでは無く、浮浪者になってしまった人の生還後のルポとしても稀有。
新井素子さん大変でいたね!と感心しながら読んでいたら彼女が奥さんと言うのは割と多くの人がしている勘違いだった模様。
なんと100万部越え。帯の惹句はなぜか菊池成孔。
読みたい本がたまる一方でなかなか読めない。とりあえず子連れ狼全28巻を読まなくては。

2005. 5. 12雑感

Model Clouds


スタディ模型の保管場所に困った挙句に天井に吊るして保管することに。雑誌を見て構成の分からない建物は模型を作ってみて確認すること等もあり模型はどんどん増える。
使い切られ、使命を終えた模型は分解されてまた模型の材料になる。

2005. 5. 11雑感

淡路その他

昨日書いた戦没学徒記念館は1972年に書かれた記事を見ると建設の5年後で既に人影もまばらで財政難ということだ。無言館(戦没画学生のための私設美術館)のように巡礼地として伝説化されれば良かったのだが。
帰りに石山修武氏の山勝工場にも足を伸ばす。アーティストの自邸兼アトリエで石山氏特有のいびつな形状をしているのだが、意外なことにラディカルというよりはエレガントな印象。建物も素敵なのだが楕円球状に削り取られた土手が印象深い。わずかな操作で見慣れた緑に覆われた土手が、これほど不思議な感じになる。
建設途中からちょくちょく顔を出さしてもらっていた左官家、久住章氏のゲストハウスにも立ち寄る。健在で懐かしい。
最後は安藤氏の水御堂に立ち寄る。いつ来ても外壁のコンクリートが美しく洗浄されているのだが、洗いすぎで打ち放し本来の肌では無くなってしまっておるよ。

2005. 5. 9建築探訪

戦没学徒記念館

仕事で淡路島に立ち寄る機会があったので先日亡くなられた丹下健三氏に追悼の意を表して淡路島南端、鳴門海峡を臨む大見山に戦没学徒記念館を訪れてみた。昭和42年に作られたのだが事情があって建築雑誌には発表されず、ほぼ忘れ去られていたものを先年藤森照信氏が丹下氏についてまとめた大著にて発掘されたという曰くつきの建物。震災以降閉鎖されたらしく廃墟化が進行中だ。巨匠の忘れ去られた名建築でなおかつ廃墟。素晴らしすぎる。
建築は塹壕をモチーフにしたと考えられる展示室に連続アーチの天蓋を掛け、その上を緑化して展望公園としている。いくつかの展示品はそのまま残されており、埃をかぶっている。ちなみに自動販売機の缶ジュースのストックが残されたままになっており、その製造年が1987年であったので、その頃から客足は途絶えていたのだろうか。ほの暗い展示室からはスリットを介して屋上庭園が垣間見えるのだが、それがこの展示室の塹壕性を高めている。展示室を抜けた出口の正面には銃眼を思わせるスリットが穿ってあり、そこでもう一度戦争に思いを馳せさせられ、慰霊塔に向かう
慰霊塔はコンクリートによる美しいHPシェルで、東京カテドラルの量塊感のあるHPシェルとは印象を異にする。鳥の声と自分の足音しか聞こえない静謐な空間。
傑作と言って良いと思うのだが鉄筋コンクリートは一部かぶりが少ない為あちこち爆裂破壊を起こしている。危険な状況になる前になんとかした方が良いのだが、まずはDOCOMOMO認定なんだろうか?

2005. 5. 8建築探訪

地中美術館に圧倒されたので「安藤忠雄 建築手法」を買って読む。
インタビュアーである二川氏の「自分が建築が好きで、建築のことを一生懸命やっていると、どんどん発想が出てくるはずだけど、何か別のことで喜んでばかりになると、建築が良くなくなってくるんです。まるで建築の味が薄くなっていくように。」との言が胸に刺さる。しかしCASA BRUTUSの地中美術館特集はいきなり見開きで写真の天地を間違えている。鉄拳制裁が下っていなければ良いが。

2005. 5. 7雑感

地中美術館

連休を利用して荒谷事務所の面々と地中美術館へ行ってきたのだが、久々に安藤氏の気迫に打ちのめされた。ふわふわした気分で建築をつくるな!と一喝されたような気分。最近の氏の作品にはあまり感じるものが無かったのだがこれは凄い。金沢21世紀美術館においては建築は時に透明化する(物理的な意味でなく)感もあったのだが、こちらは建築が最も力強く、タレル等の作品ですら力負けしているかのように思えた。施工側にも尋常じゃない気迫を感じる。建築も美術品なので触っても撮影してもいけないとのことだが「100年経っても角が美しいままであるように。」との説明を聞き納得。撮影に関しては「写真なんか撮ってる場合か?」とのメッセージだと勝手に了解。グラフィックも美しいと思ったら祖父江慎さん。いつもは愛らしい仕事をしてるイメージがあったので少し意外。素晴らしい体験で連休の混雑に出掛けた甲斐はあったが唯一、タレルのオープンフィールドの手摺と警告音だけが余計。「落ちたら怪我をする恐れがあります。」位の警告と同意書でいいんじゃないか。この美術館はそれでいいでしょう。

2005. 5. 5建築探訪

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